研究概要

児童メンタルヘルスプロジェクトでは,アメリカ精神医学会の定義する「17歳以上」を青年期後期・成人期の入り口とみなし,児童期を早期児童期(5歳から10歳くらいまで),児童期(7歳から11歳くらいまで),後期児童期(=青年期前期)(12歳から17歳くらいまで)としています.

発達障害は神経発達症に

発達障がいは,2013年にアメリカ精神医学会によって改訂され,邦訳が2014年に公刊されたDSM-5によると神経発達障害/神経発達症(Neurodevelopmental Disorders)となりました.DSM-IV-TRまでは第II軸に置かれ,第I軸の障がいとは区別されていた精神遅滞(知的障害)も,知的能力障害(Intellectual Disability)/知的発達症(Intellectual Developmental Disorder)に変更され神経発達症となりました.自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder: ASD),注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害(Attention Deficit/Hyperactivity Disorder: ADHD),限局性学習症/限局性学習障害(Specific Learning Disorder; 以前は学習障害; Learning Disorders: LD)なども,一部診断基準が変更されています.大きな改訂は「知的能力障害と他の神経発達症」のように区別しなくなったことです.いまだに知的能力障害を神経発達症とは別の障がいであるという考え方がありますが,基礎医学および臨床疫学的なエヴィデンスから大きく同じ神経発達症であるとされています.

以前から,神経発達症を有する児への早期療育取り組まれてきています.ダウン症を有する児の(超)早期療育は生後数カ月より開始されることで医学的な問題だけでなく精神発達においても一定の効果を示しています.一方で,ASDに対する早期介入は,概念的にも捉え方が一致しているとは言えません.母親の妊娠中に明らかになるとして,その時点からの介入を超早期介入と捉える研究者/臨床家がいる一方で,実際に児の行動をアセスメントすることによりスタートする介入を早期介入として捉える立場もあります.わが国では,いまだ国あるいは自治体レベルで体系化された早期介入モデルが存在しているとは言いがたい(一部の自治体ではすばらしい効果を示していますが)と言わざるを得ません.

2006〜2008年度に科学研究費補助金研究(若手研究(B))に採択された「自閉症スペクトラム障害児診断のための主たる養育者への構造化面接法の開発」では,わが国の特別支援教育制度の対象となる高機能発達障がい(ここでは,「軽度発達障害」に 代わる用語で,高機能自閉症,ADHD,およびLDを含む発達障がいの総称として用いています)の早期発見のため,母親への構造化面接法の開発を目的とし研究を行いました.子どもが生まれてから診断を受けるまでの母親22人のナラティヴから抽出されたカテゴリをもとに,「乳幼児期インタビューガイド ( Infantile Interview Guide; IIG)」を作成しました.IIGは,実際の健診の場で用いたエヴィデンス・ベイストの研究が望まれます.IIGにご興味のある専門家の方は,どうぞご遠慮なくご連絡を下されば幸いです.

CU特性と発達障がいの関連および反社会性行動の予防

「CU特性」とは,ニューオーリンズ大学のフリック博士が提唱しているCallous-Unemotional Traits の日本語訳です.フリック博士によれば,CU特性はサイコパスとも関連のある特性で反社会的行動を表す児童に特徴的なものだとしています.また,注意欠如多動症(Attention Deficit / Hyperactivity Disorder; ADHD)との関連も報告されています.

Loeber et al. (2000) は,早期児童期にADHDと診断されたものの中には,思春期(青年期早期)に素行症(Conduct Disorder: CD)となるものが一定の割合で存在する事を報告しています.わが国でも,齋藤ら(1999)がDBDマーチという概念を示して,同様の報告を行っています.DBDとは,アメリカ精神医学会 (American Psychiatric Association: APA) が1994年に公刊,2000年に改訂したDiagnostic and Statistical Manual for Mental Disorders Fourth Edition (DSM-IV, DSM-IV-TR) の診断基準の中で,ADHDおよびCDに加え,反抗挑戦性障害 (DSM-5では反抗挑発症Oppositional Defiant Disorder: ODD) を注意欠如および破壊的行動障害 (Attention-Deficit and Disruptive Behavior Disorders) のカテゴリーで示している,破壊的行動障害のことを指します.DSM-IV-TRまでは,診断基準の中でも,ADHDとCD,ODDは関連があることが理解できます.しかし,2013年5月に APA が公刊したDSM-5の中では,ADHDとCDおよびODDは切り離され,ADHDは神経発達症 (Neurodevelopmental Disorders),CDおよびODDは,秩序破壊的・衝動制御・素行症群 (Disruptive, Impulse-Control and Conduct Disorders) の中に位置づけられています.最近の研究では,ADHDのうち特に混合して存在(衝動・多動優勢に存在)の50%,不注意優勢に存在の25%が反抗挑発症を発症し,混合して存在(衝動・多動優勢に存在)の25%が青年期までに素行症を発症するという報告もあります.ADHDの有病率は5%程度といわれていることから,非行・犯罪の予防の観点からもADHDへの早期介入は重要だと考えます.

DSM-5のCDの診断基準には特定項目の中に,「制限された向社会的感情を伴うもの」が挙げられていて,その中にCU特性に関するものがあります.つまり最新のCDの診断基準にもCU特性は取り上げられているのです.CU特性は,障がいではありませんが,早期に発見,介入する事で,大きな反社会性行動を顕現する事を「予防」できるはずです.青年期に入ってしまうと,特性がその人を形作って行ってしまいますので,変容させる事は困難になります.まだ特性が可塑的である児童期までに発見,介入をする事が果ては非行,触法行為,犯罪を予防できることになります.本研究はこうした目的で行われています.

なお本研究に関しては,2011〜2013年度に科学研究費補助金研究(挑戦的萌芽研究)に採択され,現在,全国規模での研究を行いました.さらに,2014~2016年度で科学研究費補助金研究(基盤研究C)に採択され,継続して関連研究を進めています.

神経発達症(発達障害)を有する児童の親のメンタルヘルス

先のIIGの開発の中でも重要な問題の一つとして考えられるのが,神経発達症を有する児のみならず,その児の親のメンタルヘルスを健康に保つことです.

2007〜2009年度に独立行政法人福祉医療機構「子育て支援基金」助成事業に採択された「障害児の親のメンタルヘルスに関する研究−うつ状態の早期発見と家族支援(主任研究者:原仁)」においては共同研究者として,障がいを有する児の母親へのインタヴューをテキストマイニングを用いて質的に分析し,うつ状態へ至るプロセスのモデルを提案しました.本研究の成果は,ご連絡頂ければ,冊子体になっておりますのでご案内できます.専門家の方にはご活用頂けると思います.

また,国際協力機構(Japan International Cooperation Agency: JICA)の事業の中で,南米および東南アジアの新興国から,ブラジル,コロンビア,マレーシア,およびタイの専門家との共同研究により,各国の神経発達症を有する児の母親のメンタルヘルスの問題を疫学的手法を用いて明らかにしました.その成果は,Osada, H., Coello de Amorim, A., Depression risks in mothers of children with developmental disabilities: cross-cultural comparison of Brazil, Colombia, Malaysia, and Thailand. International Journal of Social Psychiatry, 59, 398-400. において報告しています.

関連する実践研究として、精神疾患を有する親の子育て支援があります.この研究は、主任研究者の東京医科大学医学部看護学科の上野里絵准教授と共同研究という形で進めています.メンタルヘルスを含む医療、福祉の先進国であるフィンランドの精神科医であり、健康福祉省の名誉教授でもある Tyttti Solantaus 先生によって開発された Let’s Talk About Children というプログラムをわが国に応用、導入する実践研究が進行中です.

インターネットの問題的/病的使用(Problematic/Pathological Internet Use)に関わる研究

「ネット依存」という言葉があります.個人的にはネット利用に「依存」という用語が当てはまるかは疑問があります.ちょっとひねくれた言い方をすれば,ヒト(動物と区別する際はカタカナで表記)は学習する生物ですから,依存という行動は生じ得ると思います.ネット利用に関してはどうでしょう?本当に依存でしょうか?

学習心理学の用語での「負の強化」を受けていると言った先生がいます.負の強化は,罰と間違えられやすいですが,罰ではなく,簡単に言えば「嫌な事を取り除く事で,(目的とする)行動の生起率が向上する」ことを指します.この場合は,学習ですので依存と言えるかもしれません.ネット上での「嫌なこと」とは「誰も『いいね!』をくれない」「コメントを残してくれない」「既読スルーされた」とかそんなところでしょうか.それを「除く」ために,頻繁にネットに接続することが成り立てば,確かに学習された依存かもしれません.

ネットのヘヴィユーザー(ネット民)の中には,ネットに接続するのはバカらしく,イヤなんだけれど,接続しないと不安感というか,なんかモヤモヤしてしまう,あるいは毎日,毎時間,毎分,何かアクセスしないといけない気がすると漠然と思っていて,常習化しているという人も少なからずいると思います.それは依存ではなく,強迫です.強迫は行為だけでは存在せず,強迫観念があって初めて,周りから確認される行動です(なので,ヒト以外の動物では再現不可能でしょう).個人的には,むしろこのメカニズムではないかと思っています.つまり,ネット依存ではなく,ネットの「(精神)病(理)的」あるいは「問題的」使用なのでしょう.そういったことを実証的に明らかにして行きたいと考えています.ネットの病的/問題的使用が精神病理に起因するとすれば,今日のサイバー犯罪といった反社会的行動(少なくとも制限された向社会的行動)が生ずることも説明しやすくなります.精神病理と捉えることで,早期発見,予防ということも可能となってくるでしょう.

2005年からこのようなインターネットの病的/問題的使用(当時は「ネット依存」という用語を使っていましたが)の研究を断続的に進めています.また,ネットの問題的/病的使用と発達障がい(神経発達症)との関連,あるいは,ネットの問題的/病的使用と反社会的問題行動との関連についても研究を進めています.2014~2016年度で科学研究費補助金研究(基盤研究C)に採択された研究課題の中で調査研究を進めているところです.

発達障がい(神経発達症)に関するメンタルヘルスリテラシー向上のためのポリシーの検討

2011年から5カ年,私立大学戦略的研究基盤形成支援事業に「融合的心理科学の創成:心の連続性を探る」が採択され,専修大学社会知性開発研究センターに心理科学研究センターを置いています.その研究プロジェクトの中で「わが国の発達障がい(神経発達症)に関するメンタルヘルスリテラシー」について疫学的手法を用いて研究を進めています.2013年8月には,同センターの国際シンポジウムの中で,Literacy of developmental disorders in Japanese general population として研究報告を行いました.どのようにすべきか,公共政策の政策立案者(policy makers)との連携をはかる事ができれば,例えばAUTISM SPEAKS (www.autismspeaks.org) のようなものがわが国にも設立されていくことで,国民の発達障がい(神経発達症)に関するメンタルヘルスリテラシーが向上して行くのではないかと漠然とではありますが考えています.いずれにしても,わが国では本当にこれからの研究分野であり,政策としての取り組みだと思っています.

国際比較として,自閉スペクトラム症に関するメンタルヘルスリテラシーをわが国の小中学校の教諭を対象に全国調査を行いました。この調査で用いた質問紙はアメリカで開発されたものであり,海外でも同じ質問紙(もちろん言語は違いますが)を用いて研究されています。その中でも,パキスタンで行われた医師および医師以外の専門家を対象とした研究との結果と比較し,報告しています.